稲フィル☆つうしんVol.22 
                              平成30年1月28日発行


偶然の響

 Tacet(タチェット)という音楽用語があります。「楽章にわたり休止」の意味で、例えば

今日の前半のプログラム「ライン」で、トロンボーンの1~3楽章はTacetです。トロンボーン

奏者はチューニングの後は1音も吹くことなく、ひたすら4楽章冒頭のソロに向けて緊張を高め

ていきます。間違ってもスマホで「舞台なう」などとツイートしてはいないはずです。


 ジョン・ケージ(1912-1992)作曲の「4分33秒」の譜面には、全3楽章、全パートにTacetと

記されています。演奏者は曲の初めから終わりまで楽器の音を出しません。日本の禅の影響を

うけたケージは、演奏による音だけではなく、演奏者と聴衆が共にする空間の偶然性による音

も音楽だと考えたのです。


 私は昨年、あるオーケストラでこの曲を演奏(?)する機会に恵まれました。文字通り形だけの

チューニングが終わってステージに登場した指揮者も、出だしと終わりの合図を送るだけで棒

は振りません。作曲家を冠した日本有数のホールでは外からの喧騒が加わることはありません

でしたが、周囲の演奏者の気配、空調の音、客席の子供の囁きなど、4分33秒間の偶然性による

音楽が創り出されました。楽章間では聴衆も緊張を緩め、咳払いがいつも通り起こったのには

思わず笑ってしまいました。


 その日その時間、演奏者と聴衆がホールに居合わせ、たまたま創出される音楽。4分33秒間、

無音のヘッドホンを耳にあてていても決して出会うことはないでしょう。しかも、家数十軒分

はある大空間です。音は消えるまで壁や天井に何度も跳ね返り、響きとして耳へ届きます。

ちなみに出た音が100万分の1に弱まるまでの時間を残響時間と言い、コンサートホールでは

2秒前後が良いとされています。


 今日、稲フィルと皆さんはここパルテノン多摩・大ホールを共にします。メンバーは半年

間、毎週土曜の夜を練習に捧げてきました。でもそこは本番、何が起きるかわかりません。

例えば、曲の出だしがずれたり、Prestoのフレーズがつまって1音早く終わってしまうかも

しれません。でも大丈夫、ケージ風に解釈すればそんな偶然性も音楽なのです。ましてやほん

の一瞬のこと、ホールの残響時間の1割にも満たないのですから。
                                  
                               (Vc/T・K)