稲フィル☆つうしん
「稲フィル☆つうしん」は、演奏会ごとに発行され、プログラムに挟み込まれるリーフレットです。内容は、団員によるエッセイや団員募集中のパート紹介文などで構成されています。
このページでは、過去発行された「稲フィル☆つうしん」に掲載された文章をご紹介いたします。
すでにお読み下さった方も、初めてご覧になる方も、稲フィルの雰囲気を感じていただければ幸いです。
Vol.1 平成18年 5月7日 第14回定期演奏会
Vol.2 平成18年12月10日 第15回定期演奏会
Vol.3 平成19年6月3日 第16回定期演奏会
Vol.4 平成19年12月9日 第17回定期演奏会
Vol.5 平成20年5月25日 第18回定期演奏会
Vol.6 平成20年12月14日 第19回定期演奏会
Vol.7 平成21年5月31日 第20回定期演奏会
Vol.8 平成21年12月6日 第21回定期演奏会
Vol.9 平成22年11月28日 第23回定期演奏会
Vol.10 平成23年6月5日 第24回定期演奏会
Vol.11 平成23年12月11日 第25回定期演奏会
Vol.12 平成24年6月17日 第26回定期演奏会
Vol.13 平成24年12月9日 第27回定期演奏会
Vol.14 平成25年6月16日 第28回定期演奏会
Vol.15 平成25年12月1日 第29回定期演奏会
Vol.16 平成26年5月25日 第30回定期演奏会
Vol.17 平成27年6月14日 第31回定期演奏会
Vol.18 平成28年1月17日 第32回定期演奏会
Vol.19 平成28年5月22日 第33回定期演奏会
Vol.20 平成28年12月24日 第34回定期演奏会
Vol.21 平成29年5月21日 第35回定期演奏会
Vol.22 平成30年1月28日 第36回定期演奏会
Vol.23 平成30年6月30日 第37回定期演奏会
Vol.24 平成30年11月18日 第38回定期演奏会
Vol.25 平成31年4月28日 第39回定期演奏会
Vol.26 令和1年12月8日 第40回定期演奏会
稲フィル☆つうしんVol.26 令和1年12月8日発行
大きな賭けの末に……
私がフルートを始めたキッカケは、小学6年生の音楽の授業でした。「やってみたい楽器を選びなさい」と、楽器の名前のみが書かれた紙を配られましたが、音や見た目などはさっぱりわからず長く続ける気もなかったため、フルートという名前の響きだけで楽器を選びました。
先生にフルートと教則本を渡された時に初めてフルートがどんな楽器なのかを知りました。今思うと大変な賭けに出たなと…恐ろしいです…(笑)
それから、オーケストラに興味を示すまでは間もなく、中学1年生の頃、某有名なピアノとオーケストラのマンガや映画が大流行していました。吹奏楽部に所属していたのですが、吹奏楽コンクールの練習の合間によくこっそりオーケストラの演奏を聴いていました。(先輩に怒られるので内緒ですよ)
高校へ進学し、ずっと憧れていたオーケストラを遂にできるチャンスがあり地元のユースオーケストラへ入団したものの、小さい団体だったためなんだか物足りず…。大学ではもう少しちゃんとオーケストラをやりたいななんて思いながら高校を卒業し、大学へ進学。その後大学のオーケストラ部に所属し、今まで思い描いていたそれっぽい活動をしていると、稲城フィルとご縁があり入団させていただくことになりました。
初めは少しアウェイな気持ちもありましたが、通っていくうちに最寄駅が同じ方や、オケ以外の趣味が同じ方がいて今ではとても居心地の良い場所です。初めて見学に行ったその日から団員の皆様にはとてもあたたかく私を迎え入れていただいたので、入団を即決しました!
本日の稲城フィルの演奏会は、入団してから6回目の演奏会ですが、毎回程よい緊張感があり練習の時とはとても良い意味で全く違う演奏をするので本当に楽しいです。入団してよかったなといつも心から思っています。
まだ入団してから数年しか経っていませんが…今後とも稲城フィルハーモニー管弦楽団をどうぞよろしくお願いいたします!
(fl :H・Y)
稲フィル☆つうしんVol.25 平成31年4月28日発行
放浪(さすらい)の旅の始まりに寄せて
立川の皆様初めまして
今日は立川、明日は八王子、流浪のオーケストラ、稲城フィルハーモニー管弦楽団、通称稲フィルです。
私たちは名前の通り稲城市を中心に活動するアマチュア管弦楽団です。
年2回の演奏会をパルテノン多摩で行ってきましたが、ホールの改修工事に伴い、演奏会の開ける場所を探してこの立川の地まで参りました。
本日の演奏会を通じて立川の皆様にも稲フィルのことを知っていただき、末永くおつきあいしていただければと思います。
さて、当然のことですが、オーケストラで音楽を奏でようとすると楽器がないと始まりません。これが歌であれば自分自身の声、自分の身体で音楽を作り出すことができますがオーケストラではそうはいきません。
楽器がなければ自分の思う音楽を作り出すことはできず、演奏者がいなければ楽器はただの工芸品でしかありません。
だからこそ演奏家にとって楽器はただの道具ではなく、自分の思い、理想を紡ぎ出すかけがえのないパートナーであり、身体の一部ともいえるでしう。
私の相棒も大学時代にバイトを重ねて購入したチェロですが、楽器屋さんに並ぶ沢山のチェロの中からその一台を決めたときのことはよく覚えています。弾いた時に感じたわずかに暗さを感じる音色や色合い、そして裏板。
弦楽器の場合、弦を張ってある側を表板、反対側を裏板というのですが、その裏板のくびれのあたり、そのラインに何とも言えない魅力を感じたのを今でも覚えています。以来30年、弾けない時期もありましたが、長いつきあいの相棒です。
今日の演奏会でもステージ上には色々な楽器が並びます。
弦楽器、管楽器、打楽器、新しい楽器、年季の入った(言葉を選んでます)楽器、同じ楽器でも見た目は少しずつ違いますが、どれも使っている本人にとっては体の一部、大切なパートナーなんです。
団員一同、その相棒とともに、放浪(さすらい)の旅の始まりである今日の演奏会に臨みます。
多くの皆様に楽しんで、稲フィルのこと知っていただき、そして2年後、装いも新たになるパルテノン多摩にきていただけることを夢見て…
(vc A.K)
稲フィル☆つうしんVol.24 平成30年月18日発行
少しの思いきりとタイミング すべてに感謝を
本日はお忙しい中、稲城フィルハーモニー管弦楽団の演奏会にお越し頂き、ありがとうございます。
今回、この稲フィルつうしんを書かせていただきます、ヴァイオリンパートのOと申します。10年、20年と在籍している団員がたくさんいる中、平成28年に入団させて頂きました。まだまだ駆け出しの団員ですが、どうぞよろしくお願いします。
今回、この稲フィルつうしんの原稿を依頼された時、「Oさんが稲フィルに入団した経緯を書いて欲しい」と言われました。正直自分の事はとても書きにくく、おこがましく感じるのですが、勇気を振り絞ってご紹介します。
私がヴァイオリンと出会ったのは、小学校に入学する少し前でした。ある時、友達がヴァイオリンで「山の音楽家」を披露してくれたのですが、その時(私も絶対これがやりたい!!!)とアドレナリンが体中を駆け巡ったのです。その日以来、何度も何度も、何年にも渡り、両親に「ヴァイオリンを習いたい!」と訴え続け、デパートに行く事があれば楽器売り場のヴァイオリンのショーケースにへばりついていたのですが、すでにピアノを習っていたこともあり、どうしても許してはもらえませんでした。(根負けしなかった両親もある意味すごいです。)
その後は、中学校の吹奏楽部でクラリネットを始め、二十歳まで続けました。その間もヴァイオリンへの憧れは消えることはなかったのですが、就職して、結婚して、子供が産まれて専業主婦になってからはますます遠ざかってしまい、その時は(育児が落ち着いたら再就職して、定年退職したら習いに行こう)と思っていました。
その考えが変わったのは下の子が入学して3年ほど経ってからでした。短時間の仕事に出始めて、少し自分の貯金が出来たからです。突然(今ならできそう!!)と思い立ち、ヴァイオリンを習いたいのと同時に、(弾けるようになったらアマオケにも入りたい!)という願いもあったので、プロのオケ在団の先生を…と探して、今の先生に出会うことができました。
30年以上も憧れ続けた分、楽器を買って習いに通える嬉しさもひとしおで、一生懸命練習し、先生も辛抱強く指導してくださいました。そして6~7年経った頃、先生から「そろそろアマオケに入った?」と言ってもらえたのでした。
とはいえ、オケに入るといっても自信をもって入れるほど上手くもなく、どこのオケがいいのかもわからず、稲城在住だから稲フィルかな?と、たまにHPを見ても、門をたたく勇気がありませんでした。
それからしばらくして私は職場が変わったのですが、私がヴァイオリンを習っていることが、その職場で上司となったK先生の耳に入ったそうです。その先生は音楽に造詣が深く、稲フィルとも繋がりがあり、「ヴァイオリンを弾いているなら、オケに入ったほうがいいよ。」と嬉しそうに言って、私にコンミスさんを紹介してくれました。そこからはとんとん拍子に話が進み、晴れて稲フィルに入団させて頂き、今に至ります。
最後になりますが、このように自分のヴァイオリンの歴史を振り返ってみると、今日、このステージに立つことができるのは、少しの思い切りと、タイミングと、人との出会いや縁、それともちろん家族の協力があってこそだと思います。 そのすべてに感謝しつつ、本日は演奏させて頂きたいと思います。
(vn C.O)
稲フィル☆つうしんVol.23 平成30年6月30日発行
他の人と合わせて音楽を作る楽しさ
1992年は稲城フィルハーモニー管弦楽団が産声を上げた年(だそうです)。
東京は広いなあと実感させられる、緑豊かなこの多摩地区の一角の稲城市に、縁あって住み始めてからいつの間にか数十年になります。その内の数年間だけこの地を離れていた時期と、稲城フィル始動とが重なっていた事もあり、何年か前まで稲城フィルの存在を全く知らないままに過ごしてきました。もっともその頃はまだ私はヴィオラに出会っていなかったのですが…
さてヴィオラとの出会いですが、音楽好きだった母の影響のもとで、ずっと敷かれていたピアノというレールの上を走り続けていた私ですが、一人で弾くピアノから次第に色々な楽器の伴奏をする機会が増えていき、他の人と合わせながら一緒に音楽を作り上げていく楽しさに目覚めてしまったようです。
いつもピアノ伴奏を受け持つヴァイオリンの発表会、最後に必ず行われる全員参加の弦楽合奏は本当に楽しそう!何とかそれにも一緒に参加できたらなあと欲張りな私は考えました。そこでいよいよ十数年前になりますがヴィオラを購入、なぜヴィオラだったのか?だってヴァイオリンを弾ける人はたくさんいるし、チェロは大きくて重そうだし…そうなると残るはヴィオラでした。
全く初めて触れる弦楽器、でも発表会の子供たちはどんどん上達しているし、私だって2, 3年すれば弾けるようになるのでは…というのは甘い考えだったようです。
・楽譜はト音記号でもヘ音記号でもないハ音記号
・音程を自分で作る(ピアノは押さえるだけ)
・指使いもほとんど書いてない(ピアノ譜には記載あり)
・ヴァイオリンより大きいので弦を押さえるのが大変(チェロやコントラバスはもっと大変そう)
・左手と右手の動きが全く違う(ピアノは違う音とリズムだけど同じ動き)
・左肩に楽器を乗せて顎で挟むので体がいつも斜め?(ピアノは真っすぐ正面向き)
まだまだあるけれど、このような困難を少しずつ克服しながら、まず入団したのは弦楽合奏団でした。弦楽器だけの合奏の響きも素敵でしたが数年間を経て、また欲が出てきてついにあこがれのオーケストラ(稲城フィル)に入団したのは二年前になります。早いもので今年は稲城フィルも結成26年になりました。
年に二回の定期演奏会の他にも市内の学校での音楽教室や、年によっては泊りがけのオケ合宿、サマーコンサートや小編成での団内発表会等々と盛り沢山ですが、素晴らしい仲間に囲まれて楽しんでいます。
本日の演奏曲目はどれも名曲揃いです。皆様と共に私達も楽しい夢の一時を過ごせるように演奏できれば幸いです。
(Va E.K)
稲フィル☆つうしんVol.22 平成30年1月28日発行
偶然の響
Tacet(タチェット)という音楽用語があります。「楽章にわたり休止」の意味で、例えば今日の前半のプログラム「ライン」で、トロンボーンの1~3楽章はTacetです。トロンボーン奏者はチューニングの後は1音も吹くことなく、ひたすら4楽章冒頭のソロに向けて緊張を高めていきます。間違ってもスマホで「舞台なう」などとツイートしてはいないはずです。
ジョン・ケージ(1912-1992)作曲の「4分33秒」の譜面には、全3楽章、全パートにTacetと記されています。演奏者は曲の初めから終わりまで楽器の音を出しません。日本の禅の影響をうけたケージは、演奏による音だけではなく、演奏者と聴衆が共にする空間の偶然性による音も音楽だと考えたのです。
私は昨年、あるオーケストラでこの曲を演奏(?)する機会に恵まれました。文字通り形だけのチューニングが終わってステージに登場した指揮者も、出だしと終わりの合図を送るだけで棒は振りません。作曲家を冠した日本有数のホールでは外からの喧騒が加わることはありませんでしたが、周囲の演奏者の気配、空調の音、客席の子供の囁きなど、4分33秒間の偶然性による音楽が創り出されました。楽章間では聴衆も緊張を緩め、咳払いがいつも通り起こったのには思わず笑ってしまいました。
その日その時間、演奏者と聴衆がホールに居合わせ、たまたま創出される音楽。4分33秒間、無音のヘッドホンを耳にあてていても決して出会うことはないでしょう。しかも、家数十軒分はある大空間です。音は消えるまで壁や天井に何度も跳ね返り、響きとして耳へ届きます。ちなみに出た音が100万分の1に弱まるまでの時間を残響時間と言い、コンサートホールでは2秒前後が良いとされています。
今日、稲フィルと皆さんはここパルテノン多摩・大ホールを共にします。メンバーは半年間、毎週土曜の夜を練習に捧げてきました。でもそこは本番、何が起きるかわかりません。
例えば、曲の出だしがずれたり、Prestoのフレーズがつまって1音早く終わってしまうかもしれません。でも大丈夫、ケージ風に解釈すればそんな偶然性も音楽なのです。ましてやほんの一瞬のこと、ホールの残響時間の1割にも満たないのですから。
(Vc/T・K)
稲フィル☆つうしんVol.21 平成29年5月21日発行
Cbよもやま話
こんにちは☆
今日は稲フィルの演奏会にお越し下さいまして、どうもありがとうございます。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
さて何年か前、ご記憶の方もおいでかと思いますが、文部科学省が今の経済や科学の発達した世の中、文系の勉強ってホントに必要?大学の文学部など廃止にしちゃえば!?と提言したことがありました。
これは間もなく却下されるのですが、当時こんな新聞のコラムがありました…
““Cb”という、オーケストラの中でメロディを弾くこともなく、素人目には無くても済みそうな楽器。学問において文学部はさしずめCbにあたる。理工系のように経済成長の主旋律を奏でることはない。でも古典や哲学などで学問全体の幅と重さを支えてきたのは確かだろう…
(要約)”
たまに録音状態の悪いCDなど『ほんとにCb無くても済みそう』なんてのもありますが、良いオケの音は全ての楽器が融合して、その相乗効果で深い感動の渦へと引き入れてくれますね。その差たるや一目瞭然、いや一耳瞭然。
他に例えるならCbはオケの根っこです。ヴァイオリンや管楽器のような目立つ花は咲きません。でも本日のCb6人、今日もオケの重さを支え美しい音の花を咲かせるべく、野武士の如く?頑張ります。どうぞご注目&ご期待のほど。
【おまけ】見ての通りCbはでかいです。とても体力を必要とする楽器です。体力に自信のある方、ぜひ入団してください。
(cb:T・Y)
稲フィル☆つうしんVol.20 平成28年12月24日発行
苦労と喜び、そして…
多くの音楽関連の趣味がそうであるように、オーケストラ活動という趣味を充実させるのは楽ではない。大事な余暇の時間を割き、それなりのお金をかけて活動をする(私も家族の多大な理解のもと、活動を続けさせて頂いていて、そのことに深く感謝している)。また、全員で活動する時間にそれなりの演奏をするためには、予習や復習の時間も必要になり、本格的に取り組もうとすると多くの時間が取られる。まさに好きでなければ続けられない条件が目白押しだ。
個人のレベルでも色々な条件をクリアしないといけないが、団体活動であるため、その運営も忘れてはいけない…趣味のために、いかに多くの労力がかかるのかと、改めて感じる。
しかし苦労がある分、ゴールとなる演奏会が終わると、達成感も味わえる。後から振り返って深い反省を伴う場合でも、少なくとも瞬間的には、完遂の喜びに浸るものだ。
そして、何とも欲深いことだが、喜びを1つ越えると、次の喜びを得るために目標を設定したくなる。私は稲フィルに入ってまだ2年弱だが、今回のチャイコフスキーはじめ、世に言う「有名どころ」を存分に味わったので、次は違う年代・地域の作曲家などに取り組めると、幅が広がり楽しいな、と思ってしまう。
練習時間が限られている中で、新しい曲に取り組む場合、全く違うジャンルや、異次元の難度に取り組むような無理は禁物だが、稲フィルが地域の音楽文化に貢献するという意味でも、今までに取り組んでいない演奏をお届けできるのは有意義なことではないかと思う。
千里の道も一歩から。微力ながら稲フィルの活動を支え続け、少しずつ新しいチャレンジに取り組んでみる。そして、いつの日か稲城フィルでも、あの大曲を…(遠い目)
聴きに来てくださる皆様には、ぜひこの先も稲フィルの活動を見守り、応援頂ければ幸いです。皆様にご来場頂けることが、何よりの支えです。いつも、ありがとうございます。
(Hr/N.K)
稲フィル☆つうしんVol.19 平成28年5月22日発行
ロビーコンサートへようこそ♪
もし、これを読んでいらっしゃるのが開演前のまだ早い時間でしたら、ぜひロビーに出てみてください。1時40分から、フルート・ヴァイオリン・チェロのメンバーでバロック音楽をお送りします。コース料理の最初のアミューズ(小さな前菜)のように、始まりのワクワク感を味わっていただけたらうれしいです。
稲フィルの演奏会でロビーコンサートをやるようになったきっかけは、今日のマエストロ松田先生です。以前、先生が主宰されているオーケストラ「アルクス」の演奏会でのロビーコンサートがめちゃめちゃカッコよかったのです!ざわざわしたロビーに弦楽器の4人が突然風のように現れて、立ったままモーツァルトの軽やかな曲をサ~ッと演奏して、あっと言う間にいなくなってしまって。演奏ももちろん極上でしたが、お客さまを驚かせ喜ばせようというスマートな茶目っ気がほんとうにステキでした。
そんなサプライズを(たとえ演奏は拙くても)お届けしたくて、私たちもロビーコンサートを始め、気がつけば8年経ちました。実際にやってみると、オケの演奏会にプラスアルファでもう1曲演奏するのは、たとえ短い曲でもとても大変。残念ながらできなかったことも、何度かあります。メンバーそれぞれが忙しく、一緒に練習する時間もなかなか取れません。オケの練習前の30分、練習後の10分などというコマ切れの練習を積み重ねて、なんとか本番に臨んでいます。
ロビーコンサートで一番楽しく、また怖いのは、お客さまとの距離の近さです。正面で小さく手をふってくれる友人も、隅の方で照れ笑いしている家族も、知らない方がまっすぐ見つめてくださっているのも、よ~く見えます。すぐ横に立って聴いてくださる方もいて、指の動きや息づかいまで見られてる!と思うとますます指がもつれてしまいそうですが、こんなにドキドキするほどの近さは他ではなかなか経験できません。お客さまも、ぜひこの距離感をお楽しみください。
「アルクス」のようなカッコよさはまだはるか遠いけど、これからもいろんな楽器・いろんなメンバーでワクワクをお届けしていければと思います。
今日聴き逃した方も、次にいらっしゃるときはお早めにおいでくださいね♪
(Y.S)
稲フィル☆つうしんVol.18 平成28年1月17日発行
琵琶→ヴァイオリン~西洋文化への転身
今から20年程前、中国の大連に住んでいたとき、琵琶を弾いていました。知人から先生を紹介され、日本ではできない経験の1つとして多少の興味もあったので始めました。習っていたのは日本へ帰国するまでの1年くらいです。演奏会等はありませんでしたが、週に1度、先生が自宅にいらして、あちらの文化に触れていた…という感じです。
ちなみに当時習っていた奏法は、日本の琵琶法師の絵図のようにバチをもって弾くのではなく、5本指に爪をつけて弾くスタイルです。(数年前に日本でも話題になった「女子十二楽坊」で検索してみてください)
日本へ戻ってからは、さすがに琵琶を続けることが難しく、今度は西洋の文化へ転身することにしました。ヴァイオリンを選んだのは、弓を持つ楽器が未経験だったことと、自分の体型に合っていると思ったからです。始めてからは、クライスラーの「美しきロスマリン」が弾けるようになることを目標に掲げて練習に励みました。
稲フィルへ入団したきっかけは、団員と共通の知人に紹介していただいたことです。ヴァイオリンをやっているのなら是非にとお誘いいただきました。入団して最初の演奏会ではシューマンの交響曲第3番「ライン」を演奏し、ものすごく緊張して手がふるえていたことを覚えています。
また、これまでの演奏会で特に印象に残っているのは、「アルルの女」のメヌエットです。ハープとフルートの演奏を間近で聞いたことがなかったので、その美しい音色に非常に感動しました。
そして、稲フィルに入団してから数年がたった今年度は、もう1人の団員と一緒にヴァイオリンのパートリーダーを務めることになりました。初めてこの役職についてみて、これまで大所帯を取りまとめてこられた歴代のパートリーダーにリスペクトを覚えました。ご迷惑をおかけしてしまったこともあったかと思いますが、今日まで支えて助けてくださったヴァイオリンの皆様に感謝しています。
今回の演奏会の曲は、難しいので不安もぬぐえませんが、新年初ということで、盛り上げていければと思います。
(Vn:Y・S)
稲フィル☆つうしんVol.17 平成27年6月14日発行
稲城フィルでヴァイオリンを続けている理由
2009年に入団してから早いもので、6年が経ちました。定期演奏会も今回で11回目の参加となり、稲フィル歴だけは団員の中でも比較的長い方になってきたようです(演奏技術はさておき…)この6年間のうち仕事の都合で千葉から通っていた時期が3年ほどありましたが、これまで辞めることなく続けてこれたのは、ただただこの稲城フィルが好きだからでした。
せっかく稲フィルつうしん掲載の機会を頂きましたので、何故この稲城フィルにこんなにも愛着があるのか改めて考えてみました。
一つは、このオケへの感謝です。
社会人になってからヴァイオリンを始めた私は、当時ファーストポジションも怪しい状態で稲城フィルの門を叩きました。今思えばなんとまぁ無茶なことをしたもんだ…と思いますが、そんな技量の私を快くウェルカムで受け入れてくれたことが、とても嬉しかったのを今でも覚えています。と同時に、いつか上手になってこのオケの役に立てるようになりたいという想いが、このオケを続けている理由の根本にあると思っています。
二つ目は、稲城フィルを応援頂き、定演にお越し頂いている皆様です。
私は役割上、定演時に皆様に書いて頂いているアンケートを目にする機会が多いため、定期的にお越し頂いている方の名前を結構覚えていたりします。直接お会いしたことは無いのでもちろん面識は無いのですが、集められたアンケートを読みながら「あっ、また来てくださったんだ」と個人的に嬉しく感じていたりします(中には20回越えの方も!)時には応援のお手紙を頂くこともあり、大変励みになっています。
また、稲城市を始め遠方からも何百人という方々に足を運んで頂き、多くの人が定演を楽しみにして頂いていることがとても嬉しいです。そんな皆様のために次はもっと良い音楽をお届けしたい、そんな気持ちが次への活力となり続けているのだと思います。
いつも本当にありがとうございます。
ということで、きっと私は今後もこの稲城フィルに在籍し続けるでしょう(笑)
これからも稲城フィルを応援宜しくお願い致します♪
それでは短い時間ではございますが、楽しい音楽時間を楽しんでいってくださいませ。
(Vn:S・M)
稲フィル☆つうしんVol.16 平成26年5月25日発行
音楽と自分
小学校に入る前、リトミックを習っていました。しかし、当時(今もですが)の自分は落ち着きがなく、練習に来てもただ走り回っているばかり。それを見かねた母がリトミックをやめる旨を先生に伝えたところ、先生は「もう少しやらせてみてください。必ず成果が出ますから。」とおっしゃったそうです。結局リトミックはやめてしまいましたが…
小学生のときにピアノを習い始め、どんどん音楽にはまっていきました。中学生になってもピアノは続け、合唱コンクールの伴奏者も体験。いろいろな人と一緒に音楽をする楽しさを学んだのはこの時期だと思います。
高校生になり吹奏楽部へ入部、このときから打楽器を始めました。最初は戸惑いの連続です。音階がほとんどないリズムの世界、たった1発でバンドを破壊しかねない音量と影響力…気がつくと、ピアノが疎かになってしまうほどのめり込んでしまいました。
大学に進学し今度は管弦楽部に入部、大学生活のほとんどをオケに費やしました。プロの先生方の指導、交響曲の演奏、そして多くの仲間と一緒に1つの演奏会を作り上げていく達成感など、多くの経験をしました。それらの経験は自分がこれからずっと音楽を続けていきたい、そう思わせるには十分すぎるものでした。
そして現在、幸運にもオケを続けられています。しかも自分がずっと育ってきた稲城のオケです。大好きな音楽をしかも自分の育ってきた場所で続けることができる、これはもう頑張らずにいられません。まだ入団してから1年も経っていませんが、改めて団員の皆さんよろしくお願いします。
最後にリトミックの先生、成果出まくりです。本当にありがとうございました。
(Perc N・S)
*****
今、パルテノン多摩大ホールの舞台の上で思うこと
稲城フィルの一員として舞台の上で楽器を構え、タクトが振り下ろされる瞬間を私は待っている。少し緊張はしているけれど嬉しくてたまらない。
私たち団員は技量・経験・練習可能な時間など一人一人異なるが、皆『音楽大好き人間』である。半年間、仲間と共に精いっぱいの練習を重ねて迎えた今日、指揮者と共に心を込め力を合わせて『私たちの音楽』を創りだそうとしている。目の前の譜面から音符を読み取り、タクトに導かれて楽器をならす。一人一人から生まれた音がすべて合流して一つとなり、オーケストラの音となって生まれ出て行くとき、私たちは幸せに浸る。
私がそんな団員として舞台の上に乗っているなんて、いや、そもそも弦楽器にはとんと縁のなかった私がビオラを弾いているなんて、本当に思いもよらなかったことである。
十数年前、私は多摩川にほど近い、緑豊かな稲城が気に入り引っ越してきた。ところが、ついつい共に子育てをした友人たちのいる町に気持ちと足が向いてしまう。それではいけない、稲城での生活を充実させたい、とビオラを習い始めた。
なぜ唐突にビオラだったのか。そのさらに数年前、チャイコフスキーの交響曲第5番をビオラパートのすぐ近くの席で聴き、その甘く優しい温かな音にすっかり魅了されたのだ。弦楽器を大人になって始めるのは無理、とずっと思い込んでいた私だったが、他人と自分を比べる齢ではなし、やりたいと思ったら始めてしまおう、易しい歌でも弾けるようになったら満足と、家族たちには内緒でレッスンに通い始めた。音楽教室から借りたビオラは洋服ダンスの中に隠した。自分の出す音にめげて途中放棄をしたら家族の手前恰好が悪いと思ったからだ。ところがすっかりビオラの虜になり、結局自前の楽器を買った。
ある時、稲城駅近くで稲城フィルの定演のポスターが目に留まった。その時の指揮者は日本フィル・ビオラ奏者の後藤悠仁先生だった。息子と娘が小学校の器楽クラブ在籍がきっかけで大学オケ生活を満喫していたため、アマチュアオーケストラの楽しさは見知っており、つねづね羨ましく思っていた。「いつかここに入れるようになりたい」と私は思い立った。
目標ができてからは、練習時間も、指導を受けに行く回数も増えた。一方では、稲城フィル練習日である土曜夜に家を空けることができるような環境になることを待ち続けた。そして時節到来、家族の理解と協力を得て初志貫徹。1年半前、私は晴れて稲城フィルの団員になることができたのである。
今日は舞台の上からどんな音楽が生まれ出るだろうか。私たちの音楽をつくる喜びが聴き手のあなたに届きますように!
(Vla:K・T)
稲フィル☆つうしんVol.15 平成25年12月1日発行
なぜヴァイオリン?
子供のころ、毎週日曜日の朝8時頃になると、狭い我が家で父はガンガンの大音量でクラシックのレコードをかけていた。「せっかく朝寝坊出来る唯一の日曜日なのに!」と私はいつも布団をかぶり、耳をふさいでいた。
それはベートーベンだったりチャイコフスキーだったり。そうして無理やり耳に入ってきたのがクラシックとの付き合いの始まりだった。
子供たちも大きくなり、楽譜さえろくに読めない私が、何か始めようと思いついたのがどうしてヴァイオリンだったのか未だに謎だが、飽きっぽい性格の私が続けていられるのは、オーケストラに入ったからだとこれだけは確信できる。
ひとりではしょぼい音も50人で演奏したらものすごいパワーになり50倍の音ではなく、100倍にも1000倍にもなる。パワーだけではなく素晴らしいハーモニーにもなる。
父はヴァイオリンを始めたのと同じころ亡くなったので、私がヴァイオリンを弾いているなんてあの世で想像もできないだろう。
私がベートーベンやチャイコフスキーが好きなのも、そしてお酒が好きなのも、もしかしたら遺伝なのかも知れない。
昨年はじめてチャイコフスキーの「悲愴」を弾いて、本番で4楽章が終わったとき、なぜか思いもよらず父の事が頭に浮かんだ。はじめて「生きてるうちに見て欲しかった」と思った。
そんなオケ大好きなわたしだが、先日1年半ぶりに腰痛のため練習を休んだ。これからもきっと、あそこが痛い、ここが痛いと言いながら毎週練習に通うことだろう。そのうち稲フィルは若い方にお任せし、稲城市民になった後藤先生やコンミスも引っ張り込み、「稲城シニアオーケストラ」でも創って老後の楽しみにしたいと思う。
(Vn.S・Y)
*****
語り―稲城フィルと後藤先生—
愛知県の実家に帰省していた私の携帯が鳴った。あぁ後藤先生だ。
「もしもし、後藤先生こんにちは」
「あぁ元気?僕さ……」
私が稲城フィルに初めて出演したのは今から20年前、1993年の第1回の定期演奏会だった。
その時はまだ団員は数人。弦楽器は各パート1人ずつくらい、管楽器はパートが歯抜けの状態で、なぜかフルートだけ5人もいた。最初の頃は毎週金曜の夜に中央文化センターで行われていた練習でも、指揮者とヴィオラとチェロとフルート3人、といったような状態で、さぁやりましょー、ジャジャジャジャーンと運命を演奏したって、なんとも悲しい運命にしかならないのは当然だった。
多くの賛助出演の方に力を借りて演奏会は毎年2回開いていたが、お客さんもまばらだった。稲城市中央文化センターのホールは、今はステージのすぐ下から固定式の座席があるが、かつては平間には椅子がなく、演奏会のたびに折りたたみの椅子を並べていた。しかしそこにお客さんが座ることは稀だった。
そうして細々ながらも活動していたが、創立から4年目のことだった。指揮者であった創立者が突然東京を離れ、我らオーケストラ団員は本番を2ヶ月後に控えて取り残された。創立者に誘われて入団した人が多かったこともあるが、創立者がいなくなれば解散だ、と、ことさら大げさに騒ぐ人もいた。
しかし私はそうは思わなかった。このオケは稲城という地域に住む人たちのためのオケなのだ。オケと音楽はこの地に根ざそうとして始まった。創立者がどうであろうとも、それを簡単にやめてしまうことはできない。このオケができるからと楽器を始めた市民だっているのだ。
増えつつあった団員数も14人と激減し、草創期の寂しい雰囲気に戻ってしまった。しかし少なくなった団員は最初の頃とは違い、このオケを維持しようと各自が奔走し、プロのマンドリン奏者でもあった当時の稲城フィル代表が指揮をして演奏会も開いた。団員の呼び込みをしようと少人数でロマン派を演奏するなど、良い方策とは思えないこともあったが、四苦八苦して何とかつないできた。
ところが、第6回定期演奏会を終えたあとのこと。唯一の頼みの綱であった代表から、多忙により次からは指揮ができないと伝えられたのだ。さすがに私たちも、もう無理かもしれない、と覚悟をせざるを得なかったのだが…。
「もしもし、後藤先生こんにちは」
「ああ元気?僕さ、ずっと土曜にやっていた遠方でのレッスンが終了したんだよね。だから、
何か稲城フィルでトレーナーとかさ、力になれることがあったら言ってよ」
「先生、それじゃ、それじゃ、指揮をお願いできませんか?」
さすがに不躾で失礼だったかもしれない。後藤先生は一瞬困ったような反応で、「もうちょっと考えさせてほしい」とだけ返答をいただいた。私は申し訳ないことをお願いしてしまったかな、と心配になった。
しかし1週間後。後藤先生は「この1週間、何をどうすれば稲城フィルをいいオケにできるかずっと考えていたんだよ。なんとか頑張ってみましょう!」という返事を下さったのだ。
私はその数年前から、とある弦楽合奏団で後藤先生にご指導をいただいていた。その縁で、稲城フィルでも、第5回と第6回定期演奏会の練習で1回ずつではあるが、トレーニングをお願いしていた。非常にわかりやすく、音へのイメージをしっかり感じさせてくださり、演奏する中では何が一番大切なのか、というような、音楽の楽しみの様々なことを教えてくださるということに感銘を受けていた。稲城フィルをオケとしてしっかりとした形にできるのは後藤先生しかいない、という思い一つでお願いしてしまったのだが、困らせてしまったと思っていた1週間、実は、後藤先生はこのオケのことをしっかり考えてから引き受けてくださったのだった。
第7回定期演奏会、ベートーヴェンの交響曲第7番が後藤先生のもとでの稲城フィルの新たなデビューだった。そこから団員は一気に増加し、創立20周年を越えた今では、一般的な市民オーケストラと同じ規模にまでなった。第1回定期演奏会からこのオケを見つめてきた私としては本当に感慨深い。
そうして熟成してきた後藤先生と稲城フィルは、今夜、今まで私たちが演奏してこなかったタイプの曲であるシベリウスの交響曲に挑む。どんな音楽を皆さんにお届けすることができるであろうか。まだまだ未熟なオケであり、お聞き苦しいところもあるかもしれないが、ぜひこの13年間に渡るコンビによる音作りにご期待いただきたい。
今さらにして、古参が昔語りをするなどカッコの良いものではないが、稲城フィルはこうしてここまで歩んできたことをお伝えしたかった。今後、メンバーが替わるなど、いろいろな変化は当然あるだろうが、稲城フィルが稲城という地域のためのオケであることだけは変わらない。ぜひ、いつまでも長く、地域の皆様に愛される市民オーケストラであってほしいと心より願う。
(Va. S・O)
稲フィル☆つうしんVol.14 平成25年6月16日発行
感謝
稲フィルに入団して早2年。単身赴任でポッカリ空いた週末に、大好きなヴァイオリンをと思ったのが入団のきっかけでした。オーケストラは約5年ぶり。合奏のタイミングは全く合わず、終わった後は全身筋肉痛。最初は3時間の練習がなが~く感じられましたが、気がつけば、音楽をこよなく愛する先生方や団員の皆様と演奏できる稲フィルの虜になっていました。
今回の指揮者、松田先生の練習では、目から鱗が落ちる思いを何度したことでしょうか。
音楽を熟知された上でのご指導は「ヴァイオリンは弓で弦をこすって初めて音が出る」という当然のことですら、「そうか!」とハッとさせられます。また、もう1人の指揮者、後藤先生の「音楽教室」は、楽しすぎて笑わずに演奏することが不可能でした。一方で、半年間練習を重ねた定期演奏会での、“想い”のこもった「悲愴」では、泣かずに演奏することは不可能でした。
偉大な先生方の練習には“参加しないと損!”と思いつつ、実際には練習と帰郷とが半々です。欠席連絡の度に暖かく声をかけて下さる方、先生の指示を丁寧に伝えて下さる方。毎回の練習、演奏会を円滑に実施すべくご尽力頂いている方。演奏も運営も中途半端な私が今まで音楽を続けられたのは、ひとえに温かい団員の皆様のおかげです。音楽が大好きで、演奏を楽しみ味わおうという共通の思いのもと、自然体で運営している。そんな稲フィルと出逢え、単身赴任の生活が色つきになりました。この場を借りて心から感謝申し上げます。
さて「ジュピター」は大好きな曲です。特に4楽章。ヴァイオリンの後半の難所(スミマセン弾けません)が終わったあたりからゾクゾク感が始まり、終わりに向かって一気に感動が襲ってきます。
半年前の寒い季節から始まった「ジュピター」も今日で最後。半年分の“想い“をこめて、団員そして会場の皆様と感動を味わいたいと思います。
(vn F・K)
稲フィル☆つうしんVol.13 平成24年12月9日発行
転向
大学オケでかなり熱心に活動していたが、卒業と同時に演奏活動から遠ざかってしまっていた。仕事がち着いてきて、どこかでオケを再開しようと思い始めていたが、クラリネットの募集はほとんどなかった。私もそうだが、クラリネットやフルートは吹奏楽ではオケでのヴァイオリンのように人数を多く必要としていることもあり、演奏経験者が多い。しかし、2管編成のオーケストラでは、基本的に2名であり、交代要員も含めて3~4名が所属しているオケがほとんどであり、どこのオケもクラリネットは足りているのである。
そのような中で、自宅から少し距離はあるが、稲城市のオケが募集していることを知った。早速連絡し、見学させてもらうことにした。1997年、稲フィル設立5年目のことである。練習場に行って初めに驚いたことは、「人がいない!?」ということだった。この人数でオーケストラの曲が演奏できるのかとも思ったが、団員の音楽にかける熱意が感じられたので、入団することにした。
入団して、考えたことは、「音楽を一生の趣味にしたい」ということだった。
それには自宅で音を出せ、あまり体力を必要としないヴァイオリンが良いと思った。何より、あの艶やかな音色が好きだった。
早速、楽器店で手ごろな楽器を選んでもらい(自分ではどのような楽器が良いかまったくわからない)、音楽教室に入門した。このとき43歳で、中年からのスタートであった。週1回の教室と毎日30分の練習に熱中したものである。音色も音程もひどいものではあったが、それでも楽しかった。そして、いつかはオケで弾きたいと思うようになった。
チャンスは意外と早くきた。当初はクラリネットが2名で、全曲演奏していたが、新たにクラリネット奏者が入団し、演奏会の中で休む(「降り番」と呼んでいる)曲が出てきた。
どうせ休むならヴァイオリンを弾こうかなとパートリーダーに相談し、了解を得たので、晴れて演奏会に乗ることができた。楽器を始めて3年目であった。当時は前半クラリネットで後半ヴァイオリンというスタイルをとっていたので、プログラムには両方のパートに名前を載せてもらった。後で、聞くと同姓同名がいると思った方もいたようだった。
いまでは、クラリネットは他の団員に任せ、ヴァイオリン1本で演奏会に出るようになり、やっとヴァイオリニストに「転向」できたのかなと思う。
楽器を始めるのに年齢は関係ない。要はやりたいという気持ちと、続ける努力である。
音楽は聞くのは感性であるが、演奏の半分は運動能力なのである。正しいタイミングで正確な力加減ができるかが重要でこれは反復練習によって培われる。運動選手と同じである。
トップに成れるかどうかは別として、生涯の趣味としては最適ではないだろうか。そして、オケは団体競技としてすばらしい友にめぐり合うこともできるのだ。
本日、お越しいただいた皆さん、楽器を始めるチャンスはいくらでもあります。なにかが変わるかもしれませんよ。
(vn:K・N)
*****
奇跡
稲城フィルで初めての合奏練習に参加したときのことは、よく覚えています。
当時、仕事のストレスがひどく心がまいっていた私は、どうしても音楽に触れたい、大学卒業後、遠ざかっていたオーケストラをまた再開したいと、稲フィルの門をたたきました。
初めての合奏、曲はブラームスの交響曲第2番。指揮は後藤悠仁先生でした。
そして、合奏が始まると、いつのまにか私はただただ貪るように夢中でヴァイオリンを弾いていました。
自分がまさかそんな風になるとは思いもよらず、その時初めて自分がこれほど音楽に飢えていて、そして、こんなにも音楽やオーケストラが好きだったんだと、実感しました。
また、演奏が終わった後、それまで心に鬱憤していたものが、嘘のように消え去ってすっきりしていたのです。まさにストレスだらけの私の心を音楽が浄化してくれたようでした。
それが、稲フィルがくれた最初の奇跡でした。
そして、入団してはや9年ほど。何度も本番に立たせていただきましたが、いい演奏をやり遂げて「よっしゃ!」と感じ、また、舞台上で感動したことが何度もありました。
理屈じゃない、演奏技術だけじゃない。情熱や思いをこめた音。
団員みんなの気持ちがこもった音が「奇跡」を作り出す瞬間を何度も見てきました。
数年前、「演奏会にいらっしゃるお客様に稲フィルを紹介する新聞を作りたい」という企画が立ち上がり、編集を担当させていただくことになりました。そして、誕生したのがこの「稲フィルつうしん」です。
演奏会のたび発行してきましたが、毎回、団員が書いてくれた原稿を目にして、感動しなかったことは一度たりともありません。
いつも、教えられるばかりでした。
心のこもった言葉は、こんなにも美しいのだと。
何かを伝えようとする思いが奇跡を作り出すのだと。
また、創刊当時から、団員個人が書くコラムとは別に、各パートにもコメントをお願いしてきましたが、毎回、編集担当のむちゃぶりにも近いお題に、各パートが精一杯の粋で楽しいメッセージをよせてくれました。毎回、味も色も違うカラフルな言葉たちにワクワクしっぱなしでした。
稲城フィルのこの20年の歴史の中に、「稲フィルつうしん」が存在できたことを、本当にうれしく思います。
今回、編集担当自ら、コラムのペンをとらせていただきましたが、この場で伝えたい思い、それは、今までたくさんの奇跡を作り上げてくれた仲間たちへの感謝。それにつきます。
稲フィル20周年。演奏に言葉に、このオーケストラでたくさんの奇跡が生まれる瞬間に立ちあってきました。
ありがとう!
(vn:A・T)
稲フィル☆つうしんVol.12 平成24年6月17日発行
私がフルートを始めたのは15才。
当時の私はNHKのN響アワーを見て『やってみたいな~』とポケ~っと思っていた。地元のお教室に通い始め、初めてのレッスンで先生に『オケやりたい!』と言ってしまった。
さすがに先生からは『まだダメ!』となり(そりゃそうですが…)、私は今までにこんなに夢中になった事があったのか!?って思う位のめり込み、フルートの練習を頑張りそのまま突っ走ってしまった…それから数年オケの事を忘れ吹奏楽にどっぷりハマってしまった。
そんな私がオケに入ったのは22才 (確か…)の頃。『そう言えば昔オケやりたかったんだよな~』と思い出し稲フィルの見学へ。地元にオケがあるなんて楽チン、サイコーって簡単に思い…(オケの皆様ゴメンナサイ…)
その日の練習は10名位しか団員がいなく(いつもそんな感じとも聞く・・・)、その内フルートは3人。フルートの人がオーボエパートを吹いてしまい、吹奏楽ではいつも大人数で合奏して
いた私はとても驚き、『だっ、大丈夫なの??』と不安な気持ちのまま合奏が始まった。合奏とは言えない気もしたが、私は『んっ!? 何だ!? こりゃ楽しいぞっ!!』(うまく伝えられずスミマセン)と今までの吹奏楽とは違う楽しさを発見した。
私はすぐ入団し、それから団員も少しずつ増え、様々な先生たちの指導を受けられるようになり、稲フィルもオケらしくなって来た。
気が付くと私は管楽器パートで一番古いメンバーとなっていた。
途中仕事が忙しくお休みした事もあったが、これまで続けてこれたのは、稲フィルの素敵な仲間に恵まれたからだ!
今のフルートパートは3人。一緒の楽器メーカーを使ってるからか(たぶんあちらの方が高級な楽器)音色や音程が合い、なんでも吹きこなしてしまうアニキ、パート内をまとめてくれて、隣で聴いていてつい聴き惚れてしまう位ステキなソロを吹くお姉さま☆(その為時々自分の吹く所を入りそびれてしまう・・・)
お2人には本当にお世話になりっぱなしで・・・いつもありがとうございます。
でも最近気づいた。というかほかの団員さんに言われたのだが、『オケに青春を捧げて来たね!』
と。そうだ!そうでした! オケも良いがプライベートをもっと充実させないといけないって事を忘れていました…。
オケの皆さん! 私、これからは時々お休みもらって良いですか?
もちろんオケは大事です!でもでもプライベートを充実させてこそオケももっと頑張れる!って!!
さっ、本番頑張ります! フルートのトップ2人の演奏、今日も素敵ですよ~☆
(fl:T・M)
*****
楽器との出会い
楽器や音楽との出会いには人其々のドラマがあると思う。
楽器が奏者の性格に影響を与えるのか、それとも元々その楽器に相応しい性格なのか、私にはわからないが、ともかく楽器と奏者は似た者同士のような気がする。
私がファゴットと出会ったのは高校生1年の春。高校に入ったら弓道部に入ろうと友達と話しながら廊下を歩いている時、友達が吹奏楽の勧誘に捉まった。迂闊な奴め、なんて思いながら仕方なし
にそばで待っていると、もう一人の先輩が僕にも声を掛けてきた。
「君、ファゴット吹いてる先輩に顔が似てるね。ファゴットやらない?」
勧誘が雑!しかも見たことも聞いたこともない楽器をやれと言われ、「はい」なんて言うわけがない。
突っ込みどころ満載の勧誘に唖然としているところへ顧問の先生が通り掛かった。と勧誘してきた先輩が突然顧問の先生に「この人ファゴットやります!」と言い放った。先生から威嚇交じりに「ファゴットをやるのか!」と言われ、入学ほやほやの1年生である僕は、ついなすすべもなく「はい」と返事をしてしまった。仕方がない、今日一日見学するくらいならいいか、くらいの気持ちで顧問の先生に連れられ、音楽室に入って行った。この時点でファゴットの知識ゼロである僕は、正直、ファゴットがどんな楽器かまったくわからず、カッコ良いいのかな?なんてちょっと期待していた。
先生は何やら高級そうなケースを取り出し、中を見せてくれた。
「これがファゴットだ」…バラバラである。しかも4つ(本当は5つ)に分解され原型がわからない。(んっ?これどうなんだカッコいいのか?)とりあえずリードだけ渡され別の教室に移動。そこにはすでにフルートの1年生がマウスピースだけで練習していた。「おぉ、楽器の音がする。ところでこれは…」手に持っていたリードの吹き方を教えてもらい取りあえず吹いてみる。「ぴー」…あれ?安っぽいおもちゃみたいな音がする。正直恥ずかしい。なんなんだファゴットって?練習を終え、帰りのミーティングに出ると新入生と先輩たちが向き合う形で並んでいた。
諸連絡が告げられ、終わり間際に顧問の先生が新入生に「明日までに入部届けを出せない人」と訊いてきた。とりあえずクラブ見学ということでミーティングに参加していた僕は、入部する気など全くなく早速手を挙げた。するとさらに顧問の先生は僕に「いつなら出せる?」と聞いてきた。
先輩たちの視線が集中する…しまった!罠だったか…。
意味もなく「…明後日までには」と返事するのが精一杯でした。半ば強引に入部が決まってしまい、結局ファゴットが何なのか音も形も分からないまま、やることだけが決まってしまった。
超初心者から始めた僕は、翌日にやっと楽器の名前を覚え、以来25年の付き合いになります。
どさくさにまぎれて始めた楽器でしたが、不思議とやめようとは思わず、気づけばこの楽器の魅力に取りつかれ、いつの間にかなくてはならない存在に。
またこの楽器が私に与えた影響も性格だけでなく、大学の親友や音楽を通じて出会った仲間、妻や家族など、私の周りの環境までもファゴットなくしては成り立たないのである。
またこれからも大いに仲間たちと音楽を楽しみながら過ごしていきたいと思う。
(fg:T・A)
稲フィル☆つうしんVol.11 平成23年12月11日発行
あれから
もう入団して4年になりました。早いです。(歳のせいかも知れませんが)
以前、「稲フィルつうしん」の団員募集コメントでも書かせていただきましたが、元々、ジャズをやっております。入団のきっかけは、何だったかなあ? そうそう 4年前 コントラバスの団員が0になった時期があって、団員である家内から “入りたきゃしょうがないから入っていいよ”という言葉を元に入団しました。今考えると入団しろとは頼まれていなかった・・・(笑)
そこからがもう大変で オケのオもクラッシックのクの字も知らず、本番まであと3か月というところで、なんとか本番を迎えたのを覚えています。なんせ30分以上もある曲を譜面通り弾くのも初めて、あと一番の問題はボーイング!ジャズは基本ピチカートで演奏するので、ベース始めて20年ぐらい経っていたのですが、弓はポジションを覚えるために少し練習したぐらいで・・。本当よく本番やったなというのが感想。(今もですが)
4年たって何が変わったかというと・・あまり変わってないか・・。でも未だに演奏曲が全て0からの練習なので、新しい発見が色々あります。ライフワークとして音楽をやっていくことを考えた時、常に追いかける課題があるのは幸せな事だなと感じます。本当素晴らしい指導者の皆様から音楽の創り方をあらためて勉強させていただいている感覚です。ジャズという音楽は、フォームの有る無しに関わらず即興的に音楽を組み立てて演奏していく音楽で、手法みたいなところで違いはあるのですが最終的な音楽の創り方(目指すゴール)は一緒なのだなと…。
さて 本番です!本番は“幅の広い川を泳いで渡る”イメージがあります。私自身はバタバタして溺れそうになりながらなんとかたどり着く・・まだまだそんな演奏ですが・・でも“火事場のバカ力”でがんばります。
今回のプログラムは イタリアとドボルザーク7番 交響曲2連発!
足をお運びいただいた皆様あっての演奏会!本当ご来場ありがとうございます!
ぜひお楽しみください~!
(cb:T・W)
*****
だってオケは楽しいですから
私がイナフィルに参加させて頂き今回で5回目の定期演奏会が来ます。
私が一番初めに音楽の楽しさを知ったのは中学生の時です。ブラスバンド部の合奏は本当に楽しかったです。その“楽しい”という記憶からいずれ合奏を楽しめるように何か楽器習いたいと選んだのが、なんと、ヴァイオリンだったのです。
ヴァイオリンの音色は大好きです。しかし音程を取るのは難しく、右手と左手の動きが思い通りにならず、個人レッスンだけでは楽しさを味わうことはできませんでした。
何度も挫折を繰り返し出会った仲間のおかげで合奏の楽しさを再度認識しました。そして、その仲間に誘って頂いたのがイナフィルです。
ドキドキして見学に行きました。今までの練習とは比べ物にならない音、指揮者や団員の皆様の迫力に圧倒され楽譜を目で追うことすら儘なりませんでした。「私が入団して迷惑じゃない?」「いやいや、ついていけるのか?」と考えましたが、少しでも弾けたら楽しいだろうなと言う自己中心的な思いが優先し入団させて頂きました。
オケのこと、音楽のことなど詳しいことはほとんどわからない私です。
そして、うまく弾くことができない私ですが、その空間にいることで幸せな気持ちになれました。こんな気持ちでいられるのも、おおらかで温かいイナフィルの団員の皆様のおかげと感謝しています。
大人がゼロから楽器を初め、続けることは本当に大変なことです。
楽しくなくては継続できません。でも私はこの先もずっーとヴァイオリンを続けると確信しています。
だってオケは楽しいですから。
(vn:T・A)
稲フィル☆つうしんVol.10 平成23年6月5日発行
「アマチュアオケで料理する」
最近イタリア料理を作るのに凝っている。ついでにそれに合うワインを考えるのも楽しみ。
指揮者をシェフと呼ぶように、音楽と料理には共通点があると思う。料理のシェフが肉、魚、スパイス、塩など食材の個性を生かしながらトータルで素材の集合した調和を引き出すように、良い演奏にも良い食材と良いシェフが必須だ。
とすると、食材である我々はプロの奏者とどこが違うか。私が思うに、まず一番違うのは音の立ち上がりだと思う。発音の最初のところ、刺身でいえば切り口、の角が立っていなければならないのが、包丁の切れ味が悪いと崩れたりギザギザしたりしてしまう。むろん刷毛で掃いたようにかすれたニュアンスが要求される場合もあるのだが、まずはくっきりと立ち上がる音が出ないとアンサンブルもうまくいかない。名手はそういう我々の苦労など超越して、自在に発音を使い分ける。アマチュアは刺身を避け、煮込み料理をやった方がよいのかも知れない。
私はクラリネットを吹くが、理想は白ワインのような音だと思っている。清らかで透明だが、ミネラルウオーターではなく、有機酸やミネラルの含まれた香り高いシャルドネの音を目指して・・・。長くN響の首席を務められた浜中浩一さんはこういうタイプで最高の音だったと思う。ベルリンのライスターはもうすこし甘口でボディのある音だ。
さて、今回の演奏会のプログラムを料理にたとえると、(1)ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲は、前菜といってもポテトとソーセージの盛り合わせサラダ、相当にコクがある。そこで、(2)お口直しにフォーレの「ドリー」を挟む。これは平目の薄切りミルフィユ仕立て香草入りソース、軽いが少し苦みのあるハーモニーとスペイン風リズムのスパイスが隠されていて、さらりといただける。メインディッシュの(3)ベートーヴェンの第7番交響曲は、牛肉赤ワイン煮込みサワークリーム添え。リズミックな躍動感溢れる第1楽章、しみじみとした歩みの第2楽章、長くてきつい第3楽章、力感溢れもっときつい第4楽章、と、メインに相応しいボリュームをもち、必ずやご満足いただけるものと信じている。デザートはお楽しみ。
(cl:Y・O)
*****
「そういえば、バイオリンあったよなぁ・・・」
6年前、駅前某音楽教室。私は子供のピアノレッスンの付き添い、隣の部屋のバイオリンレッスンを窓越しに見ていた。
無性にやりたくなり実家の押入れからそっと取り出したバイオリンケース。おそるおそる開けると、弦は全て切れて駒は倒れ、みるも無残な姿に・・・。泣いている楽器を見て心が決まり、子供のピアノレッスンの時間にバイオリンレッスンを始めたのが再スタートだった。
20年ぶりのバイオリン。あまりの弾けなさに絶句し、せめて子供の頃弾けた位にはなりたい!とやってるうちにどんどんハマってしまった。子供の頃はイヤイヤだったのに・・・人生ってわからない。
5年前に地元オケに入団。地元オケは年配の方も多い温かい癒しムードのオケで、弾けない私も快く迎えてもらえた。もし地元オケが気難しく意地悪だったら、私のバイオリンライフはここで終了だったかもしれない。
何年か経つうちに、最初は全くついていけなかったオケ曲も徐々に弾けるようになってきて、もう楽しくってますますのめりこんでいった。大人でも努力すれば何とかなるもんだなぁと思った。
「もっと弾きたい」欲求が強くなって、こんな遠くの稲フィルまで来てしまった私・・・アマオケかけもち歴1年になる。
地元オケのゆったり系にどっぷりつかっていたので、稲フィルは入団当初ものすごく熱心なオケに感じ、いつまで続けられるだろうか・・・と実は不安だった。
でも1年経った今、その2つのオケのカラーの違いがなんとも心地良く、稲フィル-土曜夜、地元オケ-日曜朝の連チャンの練習は、若くない身体にはこたえるけど、楽しくて仕方がないのです!
皆様のお宅の押入れにも、もしかして楽器・・・眠ってませんか? ぜひ思い出してあげて稲フィルで一緒にやりませんか♪
(vn:J・H)
稲フィル☆つうしんVol.9 平成22年11月28日発行
「若葉のころ」
いつか弦楽器をやってみたいと思っていた。上京して大学に入った僕は、「室内楽の会」というサークル紹介の前で足を止めた。オーケストラでは経験者に混じって弾かねばならないので気が重く、「しつないがく」という何だか親しみやすい響きに惹かれたのである。「何を弾かれるんですか」「弦楽器始めたいと思っているんですけど」 「・・・・」 ここはまさに経験者が室内楽を楽しむ場なのである。こんな初心者に縁のあるはずもないサークルに入ることになったのは、「やりたいなら教えるよ」と電話をくれた奇特な先輩のおかげである。 「ヴィオラがいいよ、人が少ないから出易い」 ということで楽器も決まって、初めて念願の弦楽器を手にした日、いきなりG線が切れた。糸巻は少し押し込みながら回さないと止まってくれないものなのだ。
こんな風に始まったヴィオラとの縁であるが、実のところサークルではあまり弾くことはなかった。出易い楽器を選んでくれた配慮をかなり無にしたわけで、件の先輩の 「マイペースなやつだなあ」 というつぶやきが耳に残る。社会人になってオーケストラのステージを経験し、そこから離れ、およそ10年のブランクのあとにこの稲フィルで演奏するようになった。なぜまた苦労を買うような真似を、と思わない
でもなかったが、やらなくて後悔するくらいなら、やって後悔しよう、と(笑)。こうして、昔の出会いは今もなお過去のことになることなく生き続けている。肩を落として練習場から帰るときも、時間のすべてが音になるようなときも、楽器を弾いているときはいつだって。
それにしても、もう23年も経過した今になっても、まだ初心者然として弾いているものだから(面の皮は厚くなりました)、相変わらずマイペースなやつだと笑われてしまうかな、と思う。でも、出の直前の舞台裏から見るステージは光り輝いていてとても素敵なのですよ。ステージに出た後は?・・それは今日の演奏のお楽しみ!
(Va/H・A)
*****
「稲フィル美女の秘密」
稲フィルにはコンミスを筆頭に、美女が沢山います(手前味噌でごめんなさい)。私が「稲フィルで演奏してみたい」と思ったのは、女性達がとても輝いていたから!というのが理由です。
稲フィルの女性たちはエステで女を磨く代わりに毎週土曜夜にオーケストラの練習で楽しく、熱心に腕を磨いています。練習に加え、オーケストラを支える運営にも積極的に参加しています。
あ、この「稲フィルつうしん」も稲フィルをもっと知って頂きたい!とある美女のボランティアで発行されています。
家庭を持っていたり、子供のお母さんであったり、仕事もしていたりと忙しい中、楽器の練習もしなくちゃならない。どう時間をやりくりしているのだろう?と思い、美女の秘密を聞いてみました。
ある美女は「毎週土曜日は自分の日」にしてもらい、旦那さまが一日中、子供の世話(子供たちに夕食を食べさせて寝かしつけるところまで)をしてくれるそう。土曜日はゆっくり練習も出来るし、演奏会に行ったり、有効に一日を過ごせるそうです。またある美女は、旦那さまがとても協力的で毎週土曜日の夕食を担当してくれるそう。練習後に「今日のご飯は何かしら~」とても幸せそうな顔をしていました。毎週土曜夜の練習の日は、旦那さまや家族が夕食を作って待ってくれるという人は多く、毎週土曜夜のメニューは「鍋」と決めて鍋名人になった旦那さまもいるとのこと。
入団して1年半の我が家も忙しくないときはパスタを作って待っててくれます(ありがたいですねー)。
あとは、コンミスをはじめ、美女の多くが「たとえ短い時間しか取れなくても「練習する事」を大切にする!と言っていました。
どうやら稲フィル美女の秘密は、「家族や周りの方のあたたかい協力」「短い時間でも集中して練習する事」により心に余裕をもってオケを楽しんでいる!ということのようですね。
団員の家族や支えて下さる方々、いつもありがとうございます!
心から感謝しています。これからも支え続けて下さいね!よろしくお願いいたします!!!
(Vn/S・S)
稲フィル☆つうしんVol.8 平成21年12月6日発行
「ウ」
「ジャジャジャジャーン」 といえば何ですか?
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
いえいえ、今日はハクション大魔王ではなくて、演奏会のメインプログラム『運命』の「ジャジャジャジャーン」のお話です。
誰もが知ってるこの「ジャジャジャジャーン」お分かりの方も多いかと思いますが、これ、「ジャジャジャジャーン」ではないのです。
正解は「ウジャジャジャジャーン」
「ウ」は音ではありません。休符。お休み。音の無い時間です。
運命の第一楽章は4分の2拍子。
「ジャジャジャジャーン」は、1小節目が8分休符の後に8分音符が3つ。2小節目に4分音符、4分休符。文字にすると難しいけど、楽譜はとっても単純です。
最初の音が無い、という事は指揮棒が降りた瞬間、音はありません。なんとなく目をつぶって聞いていると、音の鳴った瞬間が小節の始まりのように聴こえます。そう聴こえないように、「ウ」休符を感じれるように演奏をしたいのですが、これがなかなか難しいのです。「休符!」とばかり考えていると出遅れてしまうし、なんとなく演奏したのでは休符が伝わらない…
私はティンパニを担当していますが、『運命』の譜面は、ぱっと見たところとても簡単です。
まず音がドとソしかない。第一楽章はほとんどが4分音符と8分音符です。
ヤ○ハ音楽教室のお子様も演奏できそうな気がします。でも私は悪戦苦闘の毎日です。単純な音楽ほどきっちり
演奏しないと音楽にならないというか、ボロがばれるというか(汗)
心の中で「1,2,1,2…」とカウントしながら正確に演奏することばかりに気を取られていると周りとずれていたり。
周りと合わすことばかり考えてるとリズム音痴な演奏になってしまったり。
それもきっと本番までにはクリアできているはず!です。
さて、本番。
私の「ウ」は皆様に伝わるでしょうか。
(Perc/T・K)
*****
「ホームページの作り方」
今年から稲フィルのホームページを担当させていただいてます。
ホームページ作りって、今まで職場でちょっとした採用関係の募集告知ページだけを更新するってことはあったんですが、1つのサイトをまるまる管理するっていうのは初めてなんです。でも、とにかく自分の所属するオーケストラのホームページを作りたいっていう希望は昔からあったので、今回名乗りを上させていただいた次第です。
さて、まずホームページを管理するために、第一に何よりも必要なのがページを作成するPCソフトです。これがなければ話にならないので、今回ホームページ係になるにあたって新たに『ホームページビルダー』を購入しました。(ここ重要!)
ツールを用意したあとは、内容について考えなくてはなりません。ホームぺージの基本的な構成(フレームやメニュー、コンテンツ)は今まで公開していたページを継承しつつ、自分独自のものを付け加えていけたらと思いました。とりあえず、自分に課した課題は、(1)「 見やすいようになるべくシンプルなものにすること」(2)「シンプルだけど見て楽しめるビジュアルにすること」(3)「もっとコンテンツを増やすこと」(4)「更新をまめにすること」でした。
上記の対策として、まず背景を白(または薄い色のもの)にする、メニューフレームの背景を季節にちなんだものにしてみました。表示が重くならず、見やすく、目にも楽しめる。また季節ごとに背景を変えるようにすれば、少なくとも毎月更新することができますし(笑)
新コンテンツについては、過去の演奏会曲目紹介のページに稲フィルの演奏会での録音を一部聴けるようにしたことと、この「稲フィル☆つうしん」のバックナンバーを掲載しております。
勿論このホームページは全部を私だけで作っているわけではありません。掲載している写真にしても演奏会の録音ファイルにしても、その他ページ内のほとんどの情報に関しては団員の方々が提供してくださったものです。団員の皆さんの協力なくしてはこのサイトは成り立ちません。壁紙にしてもインターネット上の無料素材サイトから拝借させていただいてます。(むしろ全く私が作っていませんと言っても過言ではありません)この場を借りて、皆さんに御礼申し上げます。
そんなわけで、ぜひ当団のホームページ一度ご覧になってください。なお、先ほどページはシンプルにと言いましたが、今月はクリスマスということで、ちょっと特別バージョンになっております。トップページの写真は、毎年恒例の若葉台駅前のイルミネーションです。ご覧いただいた際には、ぜひご意見・ご感想をお寄せください。
イルミネーションといえば、今日の会場パルテノン多摩から多摩センター駅へ続く大通りのイルミネーションもとても綺麗です。演奏会後、もしお時間があったら、ぜひご覧になってみてください。
(ob/M・M)
稲フィル☆つうしんVol.7 平成21年5月31日発行
「不思議な縁」
私は、小学生のころから音楽が好きで、松田聖子・ビートルズにはじまり、クラッシック・ロック・スカ・レゲエ・ジャズ・ボサノヴァ等、色々聴いてきました。最近気づいたのですが、時々、私のまわりには音楽をやっている人が集まってくるのです。バンドをはじめたからライブにきてほしいとか、歌手になったとか…
みんなのライブを見にいくたびに私もライブをやりたいな~と思い、学生時代にやっていたオーボエをまたはじめました。でも今度は、クラッシックじゃなく、ジャズをやろうと思い、日々稽古していたのですが、一昨年、多摩市に引越しすることになり、家でガスの開通工事を待っていたときに、普段家では、クラッシックはきかないのですが、その時は、たまたまR.シュトラウスのオーボエ協奏曲を聴いていて、工事にきた方が「いい曲聴いているね、これR.シュトラウスのオーボエ協奏曲でしょ。私はプロのコントラバス奏者なんだ」「なに、オーボエやっているの?オケ入っているの?ここらへんもアマオケはいっぱいあるからどこか入ったら楽しいよ。」と言われ、オーケストラに入るということは、全く考えていなかったのですが、だいいちブランクも長いので入れないと思っていたし…しかし、後日稲フィルに見学に行き、あっさりオケに入ることになりました。
そうやって考えてみると、以前も私が一番好きなイギリスのロック歌手のライブを観に地方にいったときにも、帰りの新幹線の車両がたまたま一緒でお話しできたり。
高校生の時にも、当時NHK交響楽団の首席オーボエ奏者の方に、普段行かない楽器屋さんで、偶然にもお会いし、「君オーボエやっているならこの楽器を買いなさい。」っていわれて購入した楽器がすごくよかったとか。Etc…
こんな風に音楽からいろんなハッピーをもらってきましたが、いままた、こうして稲フィルに入ってみなさんとご一緒できているのも何かのご縁でしょうか。
やっぱり不思議なつながりですが、もちろんハッピーです。
(Ob T.N)
*****
「エイエイオウ」
チェロの巨匠 パブロ カザルスは97歳で亡くなる直前まで偉大な音楽家として世界中で演奏を行っていましたが、80歳を過ぎても演奏前の緊張についてこう言っています。
「冗談なんかではなく、この不安にはお手上げだ。ステージに立つたびに胸がきりきり痛み出す。
私は自問自答するんだ、どうしてこうなってしまうんだ? でも現にそうなんだ、とね。不思議なものだよ…私くらいの歳になってもこればかりはどうしようもないなんて」
生涯に何千回ものコンサートで名演を披露してきたカザルスとは比べようもありませんが、ステージうらで開演のベルを待つ間の緊張感は、人生でいつでも味わえるものではない貴重な体験です。
アマチュアオケは様々な生活や仕事をもった多種多様な人々が音楽を楽しんでいるのですが、それぞれ日常の生活の場ではなかなか体験できないドキドキ感です。
その緊張を力に変えようと、われらチェロ軍団はいつのころからか戦に臨む三銃士のように円陣を組みみんなの弓をサーベルのように中心にかざし、小さな声で「エイエイオウ」と気合を入れてステージに向かう儀式をはじめました。
皆さんの目に触れない舞台うらで緊張で言葉少なになり、おなかがキリキリ痛くなって行くのを我慢しながら、不安で折れそうな心を奮い立たせようと「気合」をいれて舞台へ向かいます。
でもその緊張に打ち勝って皆で一体となって演奏しフィナーレの音符を弾ききった時の恍惚とした達成感、開放感はたまらない。演奏前のドキドキも、長く苦しかった練習も(うまく弾けなかったフレーズも)一瞬で忘れ去り、この気持ちを再び味わいたいがために次の演奏会の曲に挑戦しようという意欲がわいてくるのです。
さあ今日もその恍惚を味わうために「エイエイオウ」と気合をいれて、いざステージへ。
(Vc S.I)
稲フィル☆つうしんVol.6 平成20年12月14日発行
「中国の不思議な角笛」
高校、大学とホルンをやってきて、大学を卒業する時これでホルンとはお別れだと思い、楽器は学校に置いてきた。
ところが、それから二十数年を経て今年、我ながら唐突にホルン及びオケに復帰。実に温かく稲フィルの皆さんに迎えていただき、忘れかけていた合奏の楽しさを思い出した。
新しく買った楽器は銀色に輝く、中国の不思議な角笛。ブランクが長くて、音をまともに出せない状態で探したので、見た目と価格だけで選んだ中国製。
ところが、だんだん音を出せるようになるにつれ、「?」と感じた。音程が極度に悪い、高音が出ない、音が当たらない(外れる)。でも音色は悪くない。まさに中国の不思議な角笛。
これはホルンの形をしたオブジェかな、またお金を作って有名メーカーの楽器を買おうかなと思いつつ、念のため「楽器の欠点を直せるリペアマンっていないのかな」と探してみると、いらっしゃいました、日本に一人。
それから、練習の合間を縫って、その「世田谷の師匠」のもとに何度通ったことか。どこかを直すと予期しない新たな欠点が出たりして師匠も頭を抱える場面も何度かあった。
私もホルンに復帰して間がないのに、曲や合奏に慣れるのに加えてどんどん変わっていく楽器の特性に慣れることができず混乱することもあった。
でも、その結果、楽器は演奏会に使えるまでになった。師匠、有り難うございます。
本番、頑張りますが、ときどき音を外すかもしれません。私のせいじゃありません。
楽器のせいで(笑)
(Hr M.H)
*****
「冷たい雨」
外はもうすっかり暗くなっている。おまけに雨まで降り出した。
「雨かぁ、嫌だなあ・・・」ストーブにぬくぬく温まりながらテレビの旅番組でも見ていたいという気持ちがもたげてくる。オーケストラ(以下オケ)の練習は毎週土曜日、夕方6時半ごろから始まる。11月にもなれば家を出る頃はもう真っ暗だ。総重量10?のチェロもいざ練習場へという私の足を引っ張り、一週間全く練習出来なかった日は、気持ちまでトホホと萎えてくる。
でも、とにもかくにも楽器をしょって家を出る。駅までゆっくり、これから合わせる曲のことを考えながら歩いて行く。チェロの重さが少し気にならなくなってくる。
練習場に着いて、オケの皆が集まり始めた部屋のドアを開けるその瞬間がとても嬉しい。
練習が始まるまでの短い時間、おしゃべりしながら楽器や楽譜を準備する。楽譜は何とウィーン・フィルもN響も稲城フィルも同じものを使用している。オケの楽譜にプロ用もアマチュア用もないからだ。その上、アマチュアが曲目を選ぶ時は、腕前のあるなしはとりあえず棚に上げて、「やりたい!」その一心で突き進む。腕が追いつくのを待っていては、ベートーヴェンもブラームスも音楽室の壁に貼られた遠い国の人たちで終わってしまう。現に本日のプログラムもあまり日本人向きとは言えない、所謂フランスものとスラヴものという取り合わせになっている。「フォーレって訳分からん」と練習中何度も思った。
アマチュアの財産はやりたい気持ちだ。腕前も環境も各々お家の事情は違っているけれど、こんな演奏では作曲家が化けて出てくるのではと良心がちくりとなることもあるけれど、何よりも皆でこの曲を演奏したいという気持ちを大切にしたい。冷たい雨が降る中、楽器を背負って練習に向かう時もそんな思いが後押ししてくれる。
(Vc K. W)
稲フィル☆つうしんVol.4 平成19年12月9日発行
☆「悪戦奮闘記」
ファゴット(バス-ン)をご存知ですか。小豆(あずき)色をした細長い木管楽器です。
1番上に白い天使の輪のようなものがついています。音色は、オバQが歩くときの、ボンパ、ボンパ、ボンパというあの足音。ミッキーマウスが魔法使いの弟子となって、ホウキに井戸の水汲みをさせたときの、ホウキの歩く音。ピーターと狼のおじいさん。こう書くと、足音専門のようですが、のどかで、牧歌的、それでいて哀調があり、とても魅力的な音がします。
パリ音楽院のジルベール・オダン氏はモーツァルトの1番美しい曲はファゴット協奏曲の2楽章だといっていました。死者をも呼び戻す音だという人もいます。
38年前、人がいないので誰でもよいということで、大学のオーケストラに入団しファゴットをあてがわれました。ファースト・ファゴットに導かれるまま、若さに任せて、力でファゴットねじ伏せ、定期演奏会まで参加しました。1年がたち、どうにも勉強から逃れられなくなり、不器用な私は、泣く泣くファゴットと別れました。早いもので私も1年少々で定年。ファゴットの魅力が再び頭をもたげました。インターネットで稲フィルの雰囲気にひかれ、清水の舞台よりもっと高いところから飛び降りる覚悟で門をたたきました。優しく迎い入れてくれました。
しかしファゴットは私1人、大変なことになりました。どこで吹き始めればよいかがわかりません。総譜とCDをたよりに、読書百遍意自ら通ずという言葉を信じ、何とかここまできました。
暖かく包容力豊かな指揮者と、熱のこもった指導の管のトレーナーのおかげで、以前の吹き方と違う、力を抜いてお腹で支えて吹くということが少しずつできるようになりました。
さて、本日の演奏は。
(fg Y・S)
*****
☆「熱演が奇跡に変わる時」
学生オケ時代に一度、「熱演」と評される演奏会を実現させたことがある。
そのとき、舞台の上のみんなが同じ音楽を目指し、みんなの想いがひとつになっていた。そのオーケストラが奏でる音色はプロをも凌駕するものであり、ホールの中にいた人々を熱狂の渦に巻き込んだ(誇張表現)。私の居たオケは、決してレベルは高くなかったし、日によっては絶望的な音のするようなオケだったと思う。奇跡が起きたのだ。でも、その奇跡の下には、半年の練習期間で積み上げてきた努力が確かにあったのだ。演奏後、団員みんなが晴れ晴れしていた。いつも練習がつらいと言っていたあの子が、「すごく楽しかった」と笑っていた。打ち上げでのお酒がウマかった。
さて、近年はデジタル技術のおかげで、アマチュアオケでも立派にDVDを作るなんていうことも容易になった。有り難いことである。記録に残された「熱演」を、もう一度再生できるのか、すごいな。と思っていた。しかし、そのDVDにあの時ほどの感動はなかった。当時の聴衆にも鑑賞してもらったが、「確かにあの時の演奏ではあるけどね。」と言われた。やはり、何かが足りないのだ。
ひとつの演奏会を体感することができるのは、たった1度きりなのである。奇跡が起こり、すばらしい演奏になるかもしれない。あるいは、事故が起こり、珍しい光景を目の当たりにするかも知れない。音楽を生で聴くことの真の魅力は、「心」に残るというところにあるのではないだろうか。
今日の演奏会が、聴きに来てくださった皆様の心に残るものになれば、と願う。
(vn E・O)
稲フィル☆つうしんVol.3 平成19年6月3日発行
☆「嫉妬に狂ったことのない人たち」
稲フィルの仲間は、みな音楽を愛し、合奏を楽しみとして週に1度集まり、半年に一度の定期演奏会へ向けて曲づくりをしています。
年齢はさまざま、技量もいろいろ、でもみんな熱い気持ちを持って取り組んでいます。何より「みんな暖かい人たち」なのです。小生は、丁度1年前に仲間に加えてもらったばかりなのですが、すっかり溶け込んでいます。こんな稲フィルが奏でるシューマン「ライン」の開放的で暖かい響きを皆様の耳にお届けできれば、幸せです。
ビゼー「アルルの女」では、嫉妬に狂ったことのない人たち(稲フィルの方々のことですよ)が、そういう思いを音にしてゆくのは簡単ではありません。どうして?とみんな収斂してくれない音色に「あせりといらだち」が見え隠れするのです。練習時間も自ずと「アルルの女」の方が長くなっていき
ます。また、アルルの女」が名曲として世界中の人々に親しまれているのが、そういう思いに拍車をかけます。 さて、みんなの気持ちがひとつになって、「はつらつとしたリズムに乗って歌われる叙情的なメロディ」を美しく奏でることが出来るでしょうか?
ご期待ください。
(Vc:K・H)
☆「流れをつくるもの~川のように」
多摩丘陵の近くにいて、季節の移り変わりを見るのが好きです。裸木の梢が凛々しい姿の冬、芽吹きに和らぐ早春。光り輝く新緑はやがてたくましい緑へと変わっていきます。ゆったりと着実に時が流れていくのを実感します。
そんな自然に囲まれて、稲フィルもまた様々な表情を見せながら成長し、時を刻んできたのだと感じます。
オケの経験、知識、技術もない私が設立時の稲フィルに入団、これまで続けてこれたのは「とにかく一緒にがんばろうよ」の雰囲気の中で、技術面でも気持ちの面でも支えてくれた人たちのお蔭です。これはその後もずっと変わらぬ稲フィルの姿勢です。オケとしての練習が成立しないほど団員数の少ない時期も続きました。全力で運営に力を注いでくれる人、それを見て自分も何かしなくてはと思わせる関係が常にあったからこそ存続してこれたのだと思います。軋みや不協和音が響いたときは、稲フィルの“情熱と冷静”が解決してくれました。
稲フィルにとって何より幸運だったことは、音楽を愛する一流の指導陣に恵まれ、心血を注いでもらえたことでしょう。音楽に向き合う姿勢の大切さ、楽しさの質の違いを知ることができました。そんな稲フィルに私がいて嬉しいと思うのは、いつも前向きの心でいられることです。
この原稿を書きながら時々スメタナの「モルダウ」を口ずさんでいる自分に気がつきました。一滴の水が小さな流れをつくり、やがて大きな流れとなって……。稲フィルにはそんな川のイメージが重なります。
(Vn R・O)
*****
<素敵な奇跡~あとがきにかえて>
ビゼーが夢見たものシューマンが愛したもの彼らの生み出すものにふれ、私たちは彼らの中を旅する
リズムに身をまかせ踊るように流れの中を泳ぐように
それは時に苦しい道になる再び、光を見ることはないのかと思わせるほどに
それでも、音楽はいつも優しく甘く私たちを誘う
ビゼーが夢見たもの
シューマンが愛したもの
一瞬だけでも、彼らの思いとかさなりあえたらいい
音楽はいつも素敵な奇跡
(Vn A・T)
稲フィル☆つうしんVol.2 平成18年12月10日発行
☆「なぜオケやってんだろ??」
よく「なぜオーケストラ活動を続けているんだろう」って考えることがあります。
仕事が忙しくって疲れ果てたとき、うまく演奏できなくって怒られたとき、演奏会が終わってみんなで飲んでいるとき・・・
で、最近の結論。それは「味のある人生を送るため」かな。
正直な話、オーケストラを続けるのって大変なんです。なにかとお金がかかるし、子供はホッタラカシにはできないし、練習も大変だし。
でも、オーケストラやってるときは、勝手に「ベルリンフィル」をライバルにして燃えちゃってます。人によっては「ウイーンフィル」かも・・
音楽って、いつでも世界最高の演奏が気軽に聞けるから、自分の演奏と比較するものさしは、いつも「世界レベル」です。とんでもなく寸法が違うけどねっ!
こんな経験って、なかなかできないと思いません? だって仕事じゃ無理だし、スポーツでも、記録を計る種目以外ではなかなか難しい話ですよね。でもね、オーケストラだったらできちゃうんですよ、これが。
そう思うから、アマチュアだからと線を引かずに一生懸命ご指導いただける先生方に支えられた稲フィル、私は大好きです。
さて本日の演奏会。終わったとき、私は「最高!」って心の中で叫んでるかもしれません。
そして1ヵ月後。完成した演奏会のCDが手元に届き、ワクワクしながら「再生ボタン」を押した直後に、またきっと思うんですよねー、「やっぱ、なんか違うなぁ~」って。 だから、また頑張っちゃうんですけどね。
そんな経験を繰り返しながら、味のある人生を送れるようになりたいな、って思う今日この頃
です。
(Tp:R・M)
〔魔法の言葉~あとがきにかえて〕
「明日は絶対素敵になる」
演奏会の前の日、いつもつぶやく魔法の言葉緊張も恐怖もなくなることはなくて
それでも、「楽しみたい」と思いながら舞台へ向かおう。
たくさんの人たちと音楽になるあの場所が大好きだから。
舞台の上は最高の特等席。
(Vn:A・T)
稲フィル☆つうしんVol.1 平成18年5月7日発行
ハジメマシテの方にもオナジミの方にも…
「パルテノン多摩大ホール」での初・演奏記念に、「稲フィル☆つうしん」発信です!
団員たちの心づくしの言葉をお届けいたします。\(^□^)/
〔はじめに~第14回演奏会プログラムについて…〕
本日は、私たち「稲フィル」こと、「稲城フィルハーモニー管弦楽団」の演奏会におこしいただき、誠にありがとうございます。
さて、今回のプログラムの1つ「真夏の夜の夢」の終曲であり、劇中でもラストを飾る 「フィナーレ」について。
本来この曲は合唱、ソロなど歌と共に奏でられるものです。しかし、本演奏会にあたって、我らがたのもしきマエストロ・松田拓之先生が、オーケストラのみでの演奏のために自ら編曲してくださり、真のラストである「フィナーレ」を演奏できる運びとなりました。今日、この場所でしか聴くことのできない「真夏の夜の夢・フィナーレ」を、松田先生と私たちがお届けいたします。
音楽を奏でる時間もまた、ひと時の夢にすぎないのかもしれません。けれど、私たちはその一瞬の美しい幻を見たくて、ここまで練習を重ねてきたといえるでしょう。
はかない一夜の夢を終焉までごゆるりとお楽しみくださいませ…
〔団員のつぶやき・特別編~オーケストラへの思い・ブラームスへの思い~〕
☆「あふれるキス」
楽器を弾く瞬間・・
それは、指が、唇が、楽器に触れる瞬間。
ある音楽家が、「キスとおなじだよ」 と教えてくれた。
そこまでの思いと、それからの夢・・
ある人は生まれたての赤ちゃんのほっぺに、
ある人は不精ひげのおとうさんに・・
永遠の愛のような、神聖な気持ち。
私のスコアには、だから、キスマークがいっぱい。
私からあなたへ、
あなたからわたしへ・・
あちこちにキスが飛び交う。
音の宝石箱。
あふれ出る感性。
ブラームスは特に激しく、ゆるぎなく、濃厚。
シンフォニー1番は、感極まった、その頂点からはじまる。
こんな音楽は、まさに奇跡!
・・最大のプレゼントをあなたに・・
(Per: A・W)
☆ 「ブラームスの意図したもの」
私にとって、オーケストラで曲を演奏することの楽しみの1つに、その曲に関して新鮮な発見が得られることがあります。それはまず、曲中の意外な要素の発見です。大抵の場合に自然と聞こえる主旋律以外にも、曲を構成する要素は様々なものがあります。合奏中にふと、例えば、それまで気づかなかった、主旋律の傍らで続くヴィオラの刻みが聞き取れるようになると、新鮮な驚きとともに、そのパートがあることでその曲がいっそう深く感じられるのです。そしてまた、指揮・トレーナーの先生方やオケのメンバーから発見を受けることも多くあります。このような表現をした方がより良いと気づかされることが多く、非常に勉強になっています。
稲フィルの今回の演奏曲目の1つである、ブラームスの交響曲第1番。ブラームスが初めて交響曲を作曲しようと思い立ってから、この約40分の交響曲を完成するまでには24年もの歳月を要したと伝えられています。この間、幾度も試行錯誤が繰り返され、推敲が重ねられたことが想像されます。一方、この曲を演奏するには、ブラームスが熟考の末に記した楽譜からブラームスの意図を読み取らねばなりません。楽譜は、確かに、音符や休符などの記号の配列に過ぎません。しかしその記号の1つ1つは、ブラームスが意図をもって配列していて、意味のないものは1つもない、ということを、この曲を約半年に渡って練習することによって感じてきました。そのようなブラームスの意図を、曲の練習を通して発見できることは、オーケストラでの演奏の楽しみだと思っています。現時点でブラームスが楽譜に込めた意図がどれくらい表現できているのか分かりません。しかし、演奏会でどのような演奏ができるのか、私自身楽しみにしています。
(Vc: H・O)